香港在住フィリピン女性とスケートデートしてきた話

 

マッチングアプリを駆使して、海外で様々な女性に出会ってきました。

多くのデートが失敗に終わり、痛手を負ってきましたが、得たものも数多くありました。

 

なぜぼくは出会いを海外に求めるようになったのでしょうか?

じつは原体験ともいえる、はじめの一歩が存在しているのです。

 

あれは今から4年も前のことです。

行き先は「香港」でした。

ブラック企業で1年半ほどこき使われ、会社を辞めた時のことです。

 

やりたいことは山のようにありましたが、その1つに、

漢字を浴びるほどみたい

がありました。

なぜ漢字を死ぬほどみたかったのか定かでありません。

とにかく「漢字が呼んでいた」のです。

 

ぼくは漢字圏の1つである「香港」に行き先を決めました。

「師」として仰ぐブルー・スリーの出身地であったことが決め手となりましたね。

旅の目的は「会社員時代の労働に対する慰安」であって、出会い目的ではありません。

出会いを求めるまで余裕は残されていなかったのです。

 

しかしながら、海外1人旅行は当然寂しいです。

「POF」という恋愛アプリを旅行中に使ってしまいました。

Plenty of Fish Dating

Plenty of Fish Dating
posted withアプリーチ

 

 

POFには

Near by

という位置情報で、周辺の女性を表示する機能も付いていました。

今のティンダーやタンタンのように、旅行先で使えば現地の女性とも出会えたのです。

 

しかしながら、このPOFは完全に無法地帯。

まず、マッチングせずとも相手の女性にメッセージを送れます。

 

この時代は、マッチングの障壁がとっぱらわれていたのですね。

今では考えられないかもしれませんが、当時はそれがスタンダードだったのです。

マッチングせずとも、メッセージを送れるので、メッセージ内容によってレベルの高い相手と交流できる可能性も秘めていました。

 

香港に着いてから、POFを起動し、「Near by」で近辺の女性を表示。

手当たりしだいメッセージを送ってみました。

 

話題はおすすめの香港フード。

何人かから返信がありましたが、その中の1人、メッセージの続く女性がいたのです。

 

彼女は29歳のアジア系の女性。

ただし、東アジア系ではなく、フィリピンやインドネシアなど「東南アジア系」の女性でした。

フィリピンの女性とデートしたことがなかったので、ぜひ会って話したいと思っていました。

チャットしてみると、英語はものすごく堪能。

頑張れば意思疎通できそうではありませんか。

話によると、香港で住み込みの家政婦をしているようです。

 

彼女とのんびりメッセージを交わしながら、ぼく自身も香港旅行を楽しむことに。

彼女にオススメされた香港料理を食べ(Beef Noodle)、

ブルースリーに会いにいき、

川を眺めて香港観光を満喫していました。

しかしながら、2日目ぐらいで完全にやる事がなくなりました。

3日目からはどうしていいかわからない「超暇人」状態に。

困った挙句、H&Mで海水パンツを購入し、1人で市民プールへ泳ぎにいったほどです。

 

そんな感じで、暇を持て余していたので、彼女をデートに誘うことにしました。

 

「プールに行こうよ」

「恥ずかしいから無理」

 

確かに初対面で水着デートはハードルが高いですよね。

今考えれば無謀なデートオファーです。

 

しかしながら、彼女は別の提案をしてくれました。

「スケートならいいよ」

と。

 

ぼく自身、スケートは全くやったことがありません。

ローラースケートすらすべれない大のスケート音痴。

アイススケートなんかやったことはなく、リンクに上がったことはありません。

ただ、1人で市民プールに浮かぶより100倍楽しそうだったので、スケートデートを決心しました。

 

そして、デート当日です。

旅行中SIMカードを持っておらず、電波なしの状態。

ぶっちゃけ彼女と待ち合わせできるかわかりませんでした。

「太古駅」の出口EXIT 1を待ち合わせ場所にして、彼女と待ち合わせることに。

 

乗り継ぎがうまくいって、ぼくは時間ぴったりにEXIT1に到着。

ただし、そこには彼女の姿はなく、待つことになりました。

30分は待ってみようと思い、出口付近を右往左往していました。

 

すると、10分後ぐらいに彼女が登場。

写真通り、いや、それ以上に大人の魅力を感じさせる小柄な女性。

想定した以上に可愛らしい女性でした。

 

彼女の姿を見て、しなびていたぼくのハートが一気に温まったのを覚えています。

軽く自己紹介しながら、EXIT1から歩き出し、スケートリンクを目指しました。

この時、はじめてフィリピンの女性と話しましたが明るいのなんの。

ぼくの発言に笑ってくれますし、話をしていて何か「ポジティブさ」が伝わってきます。

 

スケートリンクに到着すると、彼女が受付をしてくれ、入場できました。

 

受付で靴をレンタルし、入場料を払い、いざ、スケートリンクへ。

スケートでは、手を怪我しないように手袋をつけるのが一般的なのだとか。

 

ぼくはそんなことも知らず、手ぶらで乗り込んだのです。

彼女はそんなぼくをみかね、手袋を貸してくれました。

初めてスケートをするぼくとしては、

「スケートで手を怪我する?まさかな」

とすら思っていたのです。

 

が、しかし、実際にリンクに足を踏み入れると、

一歩も動けません。

間違いなく転倒する予感を察知しました。

 

一方、彼女は、クソうまそうに滑っています。

少年少女に混じって、リンクをぐるぐると回っているではありませんか。

POFのチャットでは、

I’m not too good

と謙遜していましたが、明らかに謙遜しすぎです。

 

対するぼくは、スケートリンクで1mmも歩けず。

かろうじて壁を掴みながら、カニ歩きでリンクを回っていました。

彼女に3周遅れされた段階で、一念発起し、壁から手を離して、滑った、というか、よちよち歩きしてみました。

 

がしかし、現実はそんなに甘くなく、見事に転倒。

転倒すると手をつくことになるので、彼女の手袋があって助かりました。

いやあ、こんなにスケートが危ないものだとは思いませんでしたよ。

 

彼女も不憫に思ったのか、隣に来てゆっくりと滑ってくれました。

ただし、彼女が隣にいても、覚醒するはずもなく、3秒ごとに転倒していましたね。

 

ただ、そんな痛々しいスケートデートにも「いいこと」がありました。

それは、デート中に手を触れやすいこと。

バランスを崩したら、彼女の腕を掴めばいいのです。

そして、転んだら手を差し伸べてもらって起き上がります。

 

つまり、アクシデントがあるほど彼女にタッチできる、と気づいたのです。

出会ったばかりでしたが、恋人同士のように、手を、腕を、握り合っていたのです。

 

そんなスケートも50分したら休憩タイム。

氷を整備するために、すべてのスケーターをリンクの外に出す時間が設けられていました。

プールの清掃時間のようなものですね。

 

ぼくらは休憩室のロッカーの前にあるベンチに座って、色んなことをしゃべりました。

彼女は家政婦の仕事が名誉に思っていないらしく、

「あんた、私が何をやってるか知ってる?メイドよ。どう思う?」

と聞いてくるでありませんか。

「いいんじゃないかな、うん」

 

香港に住んでいなかったので、住込みメイドの状況を想像できません。

特にマイナスのイメージを持っていなかったのです。

 

聞くところによると、週1回しか休みは許されておらず、それ以外は自由時間なし。

外出が許されていないようでした。

 

今日は休みの日にデートに来てくれたのだとか。

あと、フィリピンに帰れるのは数年に1度。

家族と対面できる自由も与えられていないようです。

香港での生活は不自由ないものの、住込みメイドのハードさが伝わってきました。

 

しかし、対するぼくはというと、圧倒的な無職。

つい一週間前に会社を辞めてきたばかりでしたからね。

 

すると、当然この流れで、

「あなたは何をやっている人なの?」

と聞かれました。

この時が初めて、フリーランスになってから職業、および肩書きをきかれた瞬間だったのです。

そして、ぼくから出てきた言葉は

「ライターだよ」

でした。

 

まだ出版物を出していません。

雇われたり、仕事を受注したりできる書き手ではありませんでした。

が、ここ数年はとにかく「書き手」になりたかったのです。

そんな見切り発車的な肩書きにも彼女は、

「へーあんた頭がいいのね、羨ましいわ」

と言ってくれました。

 

休憩時間が終わると、ぼくらは再びスケートリンクへ。

ただ、短期間で上達するはずもなく、休憩前と同じレベルで転倒を繰り返しました。

その度に彼女の腕を掴んでドキドキしていたのです。

 

そんな痛々しいが楽しいデートも終了。

格好悪いこと間違いなしでしたが、その分タッチできたのでデートとしては大満足でした。

 

その後は2階にあるレストランで食事。

何を食べたか覚えていませんが、彼女がツーショットの写真をたくさん撮っていたことを覚えています。

まるで、このデートを忘れない思い出にするために。

 

食事が終わったので、ぼくらは帰宅するために地下鉄の駅へ移動。

一緒の駅でしたが、ホームは反対側。

 

特にプランがなかったぼくは、どうすることもできませんでした。

ただ、彼女に「さよなら」としか言えなかったのです。

 

週1回しか自由時間がない彼女との別れ。

これが意味するのは、ぼくはもう会えないことです。

一生の別れの瞬間になるかもしれませんでした。

 

ただ、あの時、シュートを打って終わる潔さを学んでおらず、ただ彼女の横顔を見ているだけ。

そして、彼女の電車がホームに飛び込んできました。

「今日は面白かったわ。記念に手袋あげるわ」

といい残し、列車に乗りこみ姿を消していきました。

 

最後に見た彼女の寂しそうな横顔は、4年後の今も頭にこびりついています。

そしてもちろん、スケートの手袋は丁重に保管しています。

冬場につけると微妙に暖かくて重宝していますから。

 

ただ、思えば、あれから一度もスケートにチャレンジしていません。

彼女に再会できたとしても、助けられるのがオチでしょう。

それはそれでドキドキするのでいいかもしれませんが。

 

しかし、あの当時、あのスケートリンクで「ライター」と名乗ってから、ようやく本を出版できました。

あの時、ぼくの肩書きを否定せず、背中を押してくれた彼女があってこそ、今のぼくがあるのかもしれません。

今日も香港のどこかでスケートを楽しむ彼女が元気であることを願っています。

 

アディオス

chilidog

この記事を書いた人
chilidog

出会いアプリ5年目。草食系男子からの脱却を目指し修行中。好きな飲み物はドクターペッパー 友だち追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。