男子校の存在意義って何だろう??~高校選択の後悔と有り余る欲望

男子校 後悔

男子校の存在意義ってなんだったんだろうな・・・

どうも、chilidogです。玉をうちたいです。

 

本日は、著者の自己紹介の一環として、男子高校生時代を振り返ることで、

「なぜ、男子校が現世に存在しているのか」

という素朴な疑問の答えを探っていきたいと思います。

 

 

高校時代、何も考えずに選んでしまった男子高校

反省はしても、後悔はしない

という言葉が将棋の世界にはあるそうです。

たったひとつの自己決定が、

今後の自分の将来を左右する、将棋界という戦場で、

戦っている方々ならではの素晴らしい言葉ですね。

 

しかしながら、ヒトは誰しも、

その生きた年月によらず、

自分の過去について、後悔の念をいだいているのではないでしょうか。

そう、僕もそのうちの一人です。

 

僕は、若干、23歳の青二才ですが、

つぎの事柄を、世界の中心で叫んだって、構いません。

「男子校の存在意義がよくわからない」

と。

そう、お察しの通り、

つまり、僕は、男子高校生だったわけです。

そして、男子校に進学したことを、少しばかり悔やんでいるのです。

 

前述のとおり、中学生当時の僕は、

性に関心が薄い、ただの少年だったわけです。

そして、何を思ったか、僕の志望校はすべて男子校

別に男の子が好きになったとか、そういうわけではなかったはずです。

ただ単に、高校生活における女子の存在というのを、

特に気にかけていなかったのでしょう。

 

しかし、なぜ、僕の周囲に警鐘を鳴らしてくれる人物が、

いなかったのだろうかと悔やまれます。

その原因の一つは、僕が、中学時代、

日常生活における、人間関係を軽視していたこと

だったのかもしれません。

また、唯一のアドバイザーであるはずの両親は、

放任主義の一辺倒で、

僕の決断には、なにもコメントをすることはありませんでした。

 

もし、今、男子校に進学を決めようとしている少年と、

向かい合う機会があるならば、こう言います。

「少し落ち着け」、と。

 

ただ、男子高校生活が必ずしも、

不幸な面ばかり持っているわけではありません。

なぜなら、学校生活における女子への飢餓感から生まれる、

一種の変態行動や、

他校に通学する女子高生をたまたま見かけた時の、

麻薬を服用したときのような幸福感は、

この時期にしか経験できないものだからです。

 

たとえば、女子高生が今まさに、駅のホームの階段を登ろうとしているとき、

かつての僕は、故意に己の行動を遅らせます

近くのベンチに急に座る、進行方向が不意に円を描く、などによる)。

 

その結果、女子高生が階段の上段部に到達したとき、

僕は、階段の下段部に到達できるわけです。

そして、誰も自分のことを見ていない、ということを確認した上、

さりげなく、上を仰ぐのです。

ああ、懐かしい。

 

しかしながら、男子高校生にも、年に一度、逆転のチャンスがあります。

それは、文化祭という、

いま思えば、何が文化なのか、よくわからないイベントです。

男子校における文化祭は、年に一度、

学校の敷地内に大量の女子高生が踏み込む、

いわば、起死回生のイベントなわけです。

おそらく、全国各地の男子高校生たちは、文化祭をそのように認識していることでしょう。

もちろん、入学当初、僕もそのうちの一人でした。

 

しかし、文化祭が始まるやいなや、あることに気づきます。

それは、来客集団のマジョリティーを占めているのは、

男子高校生の保護者である、という事実でした。

おそらく、

それは、僕の学校の奇異な所在地と、

限られたアクセス性が原因だったのではないでしょうか。

 

僕の学校はどういうわけか、山の上に位置しており、

毎朝、生徒たちは登山しなければならない

という過酷な状況に置かれていました。

また、最寄りの駅から、バスで20分かかるという、

アメリカのような車社会では光りそうな学校だったからではないでしょうか。

 

正直、自分の母親ぐらいの年齢層の女性に、

「このクラスは、いけめんばかりだねぇ」 

なんぞつぶやかれても、萌えません。

いわゆる、無感、というやつです。

こうして、僕は肩を下ろし、

自らの日常へと帰っていくのでした。

この記事を書いた人
chilidog
chilidog

出会いアプリ5年目。草食系男子からの脱却を目指し修行中。好きな飲み物はドクターペッパー 友だち追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。